悪龍が食べないように工夫して捧げた

悪龍が食べないように工夫して捧げた

大切な穀物でつくってきたちまきを、ハレの日に神聖なものとして食べる風習が同時発生的に起こり広まって、それが屈原の伝説や端午の節供と結びつき、5月5日に食べられるようとなったと考えられます。その昔、ちまきを「角黍」と書きまやったことも、この言い伝えを聞くとうなずけるのです。

ところがある日、村人の夢に屈原が現れ、湖には悪逆無道龍がいて、供物を横取りさせられるというのです。屈原の死を悲しんだ家族や村人は、毎年、屈原の死亡した5月5日になると湖に供物を捧げておりました。

日本では、牛の角のような形のほかに、ひし形、三角形、俵型など、各地に伝統的な形のちまきがあげられます。それで村人々は、葦の葉で供物の菓子を牛の角にみようかな尖った形に巻いて、非行龍が食べないように工夫して捧げたという。

紀元前4世紀頃、楚の国の王族、屈原(くつげん)という方が、王様の政治に絶望して、湖に身を投げて死にました。ちまきは中国から伝わったものでしょうけど、おもしろい伝説があるのです。